2007年5月8日午後1時半から、当財団とNPOながさき主催によるシンポジウム「長崎県における地域医療と病院経営」が開催され、好評のうちに終わりました。
深刻な少子高齢化に加え、国や県の医療制度改革により医療機関全体がより質の高いものへの転換と経営内容の見直しを余儀なくされています。この厳しい現状の中で医療と経営の両面で発展を図るための、より具体的な意見交換の場としてシンポジウムは開催されました。当日は県内の病院経営関係者や県、市の医療担当者なども含め60名近い人が参加。質疑応答も含め、シンポジウムは4時間を超えるものとなりましたが、参加者は最後まで熱心に聞き入っていました。

シンポジウムは「長崎県における地域医療と病院経営」をメインテーマとした二部構成で、第一部は(株)エヌジェイアイ代表取締役、橋本弘幸氏による「国・県の医療改革と地域医療のあり方」と(財)医療・介護・教育研究財団の理事経営顧問、首藤英明氏と経営企画部長、安永佳生氏の二名による「医療分野へのチャレンジ」の基調講演二題。
第二部は、(財)ながさき地域政策研究所、菊森淳文常務理事兼調査研究部長の司会進行により、長崎県の病院事業管理者の矢野右人氏、医師を教育する立場から長崎大学医学部・歯学部付属病院の調 斬教授に加えて基調講演の講師二組も参加し、パネルディスカッションが開かれました。
冒頭、主催者を代表して(財)ながさき地域政策研究所、菊森常務理事兼調査研究部長が「人口減少・高齢化が進む中での医療サービスの確保は、離島医療の体制が構築されている本県でも課題の一つ。また医療制度改革による、より質の高い医療機関への転換の必要性など、病院経営にも厳しい状況が続いている。私自身の経験からも病院経営の重要性を痛感しており、アメリカでは大学院に専門学科があるなど、病院経営がすでに確立されたジャンルであることから、大いに関心を持っていた。今回は、抽象論ではない、差し迫った問題の解決策として、より具体的な知恵を出し合う場として頂きたい」と挨拶しました。

〜これからの病院経営のポイントは発想の転換〜
基調講演の第1部は(株)エヌジェイアイ代表取締役、橋本弘幸氏が「国・県の医療改革と地域医療のあり方」と題して話しました。橋本氏は今年6月、福島県に在宅復帰支援施設を開設。施設名は「エルキューブ八山田」といい、病気や怪我の急性期治療後、退院して自宅へ戻る前のサポート施設で、施設内でリハビリテーションを受けながら自宅復帰への準備を図ることができます。病院と自宅の中間施設として「介護老人保健施設(※1)」がありますが、現状では特別養護老人ホーム化しているのが実態です。また介護保険上の制約や年齢制限など、利用の制約が多いのも難点とされていました。
その点、「エルキューブ八山田」は賃貸契約の集合住宅ゾーン、介護、医療、フィットネス施設、保育園の集合体であるライフサポートゾーン、日用品販売やコンビニエンスストア、レストランからなるショップレストランゾーンの3つの建物で構成されていて、原則として年齢制限や介護保険の受給資格などの入居条件はなく、怪我のリハビリの間だけの使用も可能。従来の介護制度ではカバーしきれなかったサービスは介護を受ける人はもちろん、介護をする側への配慮もなされており、国内外からも注目されています。
講演の冒頭、橋本氏は「これからの医療経営は、過去のデータを参考にはしても、それに捕われず将来を見据えて、医療経営を相対的に見て行く事が大切だと考える。経営改善も大事だが、一般企業で言えば『ヒット商品』を作ることが大前提。その為にはまず人が一番重要で、その後から利益が付いてくるのではないだろうか」と語りました。また、これからの医療経営を考える上では、「発想の転換が必要だと思う。2025年までに530万人になると言われている要介護者数も、介護保険のスタート前にすでに厚労省が算出したもの。介護保険の最初の目的は国民の健康を図るということであり、要介護者を無くす方法、出さない方法を先に模索すべきだ」と明言しました。また少子化についても触れ、「最大の問題は、就労と納税人口の減少。しかし子供は成人しても学生の間は税金を払わない。高齢化率が高い市町村で、さあ子供を生んで、を繰り返したら、誰がその部分を負担できるのか。だからといって子供を生むなということではなく、子供を生み育てる環境を整え、その子ども達が納税者になるまでの市町村の受け入れ体制を抜本的に考えておく必要性がある。生める環境の整備と出産育児の偉大さを評価する仕組みが必要」と語りました。
橋本氏は講演の最後、「医療を取り巻く現状は日々厳しさを増すが、あまり悲観的に考えず、医療施設として生き残るために来るべきグローバル化への心構え、今の時点では負とされている事象を正へ転換する方策の構築、また介護医療施設利用者の、幅広いニーズに素早く対応できる体質に整えておく事が必要。そのためには今まで以上に専門職の分担と特長化をより完全に築く時代がきていると思う」と結びました。
〜再生の鍵はスタッフのモチベーション〜
基調講演第二部で、(財)医療・介護・教育研究財団理事経営顧問・首藤英明氏は、受託運営を行っている県立太宰府病院と県立柳川病院の、民営化開業までの経緯と現状を話しました。(財)医療・介護・教育研究財団は福岡県内の四つの大学病院と九州電力などの地場産業とが、資金を持ち寄り設立したもので、柳川市にある県立柳川病院の公設民営化事業に応募し、これを取得。今年4月1日、開業へと漕ぎ着けました。当財団としては05年の県立太宰府病院の運営受託に続いて2施設目です。
首藤氏は、病院経営の立て直し、という観点から「公設病院の経営は組織、行政の人事で動く部分が多く、経営責任の所在の不安定さが問題だった。そこで太宰府病院の赤字改善の際、私たちは病院の現状把握、需要の予測とニーズ分析を実施。そこから見えて来た問題点と改善項目の認知を元に、経営の改善計画を時間を掛けて検討した。そして費用削減と収入アップ策を模索しながら、経営改善のための組織づくりとして各委員会を設けた。また病院内の在庫分析、人材・商品・市場のリサーチと、連携病院の比較分析を行い、太宰府病院が進むべきビジョンを描き、経営理念を構築した。いくつかの徹底目標を定めて、戦略目標と戦略マップ、数値目標まで定め、セクションごとに徹底した。結果、平成20年には100%の収支率の予測を立てられるところまでいった」と説明しました。
次に首藤氏の話を補足する形で、同財団経営企画部長兼事務局長・安永佳生氏が壇上に立ち、「経営改善のための委員会とは、医師の意識改革を目指すためのもの。医局員のひとり一人の経営意識を高め、連携するためのものだった」と説明。その後、経営改善が軌道に乗ったが、「『クイックレスポンンス(※2)』がモチベーションのアップに一番効果的だったように感じている。各委員会には会の全てに財団の職員、事務局員が必ず参加し、議事録を財団の幹部に全部閲覧させ、翌月には対応内容を提示出来るようにしておく。このクイックレスポンスは県の経営の時には無かったことで、非常に重要なことだと考えている。太宰府病院はこのようにして、ある程度の評価を頂ける状態になった。柳川病院もたくさんの問題を抱えているが、徐々に改善されている。今後も財団としては『公設民営化』という、初めてのシステムを維持するためにも、頑張りたいと思う」と話しました。
〜今後の地域医療への提言〜
第二部ではメインテーマを二つに分けた形でディスカッションが行われ、パネリストはそれぞれ異なる立場での体験を交えた、活発で忌憚のない意見を交わしました。
パネルディスカッションは、司会進行役の菊森常務理事の「長崎県は離島・過疎地と都市部では抱えている課題がかなり異なる。それを踏まえ、矢野先生からお話を頂きたい」という呼びかけからスタートしました。
矢野右人氏は設立して4年目となる長崎県病院局の事業管理者という立場で、「医療先進県と言われる長崎県だが、実際には県の中央にさえ本格的な救急医療センターが無く、がんセンターも無い。高度先進医療の視点からみれば、到底高い水準であるとは言えない」と言及、続けて「医師数は(長崎医療圏)はむしろ過剰傾向にあり、準じて佐世保市や大村市や諫早市などの県央医療圏でも、少ない医師数ではない。ただ県央周辺の地区、県南地区、上五島、対馬の医療圏などでは人口比で長崎市の3分の1くらいの医師数しかない」と、過疎部と都市部の医師数格差を指摘しました。また経営という点では、「長崎県内13の公的病院は、それなりの医療収益をあげているが、人件費率が高く経営に影響を及ぼしている」と話し、その解決例として「長崎県立病院ではマニュフェストにおいて5年で経常利益の黒字、2年以内に一般会計からの繰出しを3分の1に抑制すると宣言。職員のリストラと給与改善を実行し、平成16年施行で、本年度、約束通り8億円の削減を達成し、平成21年度には計上収支での黒字見通しがたっている」と述べました。最後に、長崎県での離島医療の問題点をあげ、「市町村合併以後も診療所の統廃合自体はまったく進んでいない。診療所としての機能を果たせない所は中核病院からサテライトとして支援しているというのが現状」と話しました。今後の取り組みとして「長崎県全体を見据えた『地域の基幹病院構想』として、県と各市町村の共同で二次医療圏(※3)の企画をたて、介護的な部分は分離し地域にまかせるという構想を立てている」と語りました。
次に、離島・過疎地域の医療体制をどう維持すべきか、と質問された長崎大学の調教授は、医師を育成する立場として「医療過疎の深刻さは間違いないが、マスメディアの報道が過疎に拍車を掛け、スパイラルに陥っている」と指摘。「長崎県は離島医療組合のカバーにより、多くの離島や僻地があるが無医村というのはほとんどない。しかし、将来に対する危機感は否めない」と続けました。
早急な解決が望まれる医師の確保について、矢野氏からは「大学の医局の力が弱まり、離島や僻地への医師の派遣が難しくなっていることなどから、減少傾向を辿るだろう。今後は病院診療圏内で機能分担を実現させ、働く環境を整えることが解消策になる」、医師を育てる側として調教授からは「医師不足解消のヒントとしては、医師の在職期間に応じた医療技術の取得可能量を、病院の規模に応じて提示する。医師側のメリットを明確にする事によって、ある程度は解消されると思う。また現在、当大学では、各科の専門医を育て長崎市や佐世保市の周辺の医師が不足している地域に若い医師を送り込み、総合医を育てることを考えている」との話がありました。橋本氏からは「現在大学に在籍している退官前の教授へのアプローチを行っている。福島県の良さを実感してもらい、住宅の供給を始めとした生活面でのフォロー、経歴に応じたセクション作りなどの努力を続けている」との話が聞かれました。また首藤氏の「財団に福岡県内の4つの大学の病院長が理事として参加している関係上、スムーズな互換性がとれている。ただ、福岡県だけが安泰ならそれでいのか、とも考えた。実は久留米大から壱岐へ、健康診断ボランティアに行っている医師がおり、財団から助成金を出している。そこは長崎大学と常にコンタクトをとりながら活動しており、福岡発長崎というスタイルが続いている。このように財団として各所にジャンルを広げていければ、と考えている」と、医師獲得に関しては比較的恵まれた環境からの意見も聞かれました。
また長崎県での病診連携(※4)の進捗状況を問われ、矢野氏は「各医療機関とも取り組みはしているようだが、進んではいない。病診連携を進める為には、自分の病院機能を提示して情報公開するのが一番」と提言しました。また橋本氏は「福島県では現在地域医療支援病院として4カ所認定されている。私の病院でも地域クリニックとの提携を見越し、HPには提携先の情報を載せ、月一で医師達との勉強会も行っている」と語り、病院と診療所間でのITネットワーク構築や画像やデータの受け渡しについては「医療機関間での設備や診断技術の格差が問題になる可能性は多分にある。やはり仕組みをキチンと整えてから始めるべきでは」と提言しました。
また、長崎での一例として「長崎県にはデータ閲覧のシステムが存在する。ただし複雑な仕組みはいっさい無い。医師会が主体になっているので、会員同士から広がり、会員が増えている」という矢野氏からの話を受けて、首藤氏からは「福大でも似たようなシステムを実施している。当財団もカルテの共有化や検査システムその他諸々が完備した地域中核病院を目指す。他の病院にも連携を頼んでおり、一人勝ちはしないという考えでいる」という発言がありました。
最後に今後の病院経営の収支改善のための具体策として、首藤氏からは「働く人達のステータスを揚げることと経営の透明性が大切。自分たちは職員の情熱がさめない内に意見を活かす工夫をした。そのために現場のスタッフと経営本部の接着剤の役割を事務局が担った。また地域医療との連携も重要。快方期に向かっている患者は地域の医療ステージに戻す。空いた部分には急性期の患者を入れる。それを繰り返すことにより医療ステージが向上、看護研修が増える。これが医療の質の向上へ繋がる。入院予備軍には訪問看護部隊を増やして対応し、点数の増加に繋がった。しかし、困難なのは小児科、産科、麻酔科。対策としては4大学の協力の下、各科の充実をはかり、地域に必要な病院に作り上げていく予定で、現在はその試行の段階と捉えている」という意見が出ました。
また、矢野氏は七対一看護(※5)を病院経営の視点から「先進6カ国と比較したベッド数の多さから、削減を目的に厚労省が打ち出したのが、七対一看護である。急性期医療(※6)を充実させ在院日数を減らすことが目的であるので、看護師の数が多いから申請するのでは、将来的に経営は難しくなるだろう」とアドバイスしました。一方、企業経営者である橋本氏は、他の方とは意見が異なるかもしれないがと前置きし、「雇われる立場で言えば、自分にとってメリットがなければ就職はしない。人件費以上の収益をどう確保するか、を考えることも大事だと思う」という、独自の意見を展開しました。
最後に、今後、病院から在宅医療まで、患者にとっての円滑なサービスはどのような方向性に向いていくかとの質問に、矢野氏は「離島では若い人は都会に出ていき、老人しか残らない。これは保険とは切り離した形での受け入れ施設が確保できるかどうかに掛かっている。地域での在宅医療、在宅療養の課題であろう」と話しました。続いての「仮に長崎にエルキューブのような施設をつくる場合どのようにしたら実現できるか」の問いに答え、橋本氏が「地域の面積、所得水準などに合わせて考えれば良いと思う。当社は資源はないが、発想がある。そこへ資源を持つ人達が集まれば形になる。これなら長崎でも離島でも実現は可能なはずだ」と、問題が山積する地域医療に対し、一つの解決策を提案しました。
この後、参加者からの質問が続き、それに講師陣が答えるなど、活発な議論の後、4時間を超過して会が終了しました。
注釈解説
※1)介護老人保健施設
病院での治療が終わった安定期の老人に対して機能回復訓練・生活リハビリ・看護・介護を中心としたサービスを提供し、家庭復帰を目指してゆく施設
※2)クイックレスポンス
英語で「素早い反応」の意味
※3)二次医療圏
特殊な医療を除く一般の医療需要で、主として病院における入院医療を提供する体制の確保を図る区域。地理的条件や日常生活や交通事情など社会的条件を考慮し定められている。
※4)病診連携
地域の診療所と病院が相互に連携を密にして患者さんの治療をより効率よく行うようにするシステム。身体の異常が生じた場合にまず“かかりつけ医”に相談し、必要があればその医師から病院へ紹介して検査、治療を依頼することにより、効率良く医療が行なうことが可能となる。
※5)七対一看護
概ね昼間の看護師1人が患者7人を担当すれば良いように、職員を確保すること。
※6)急性期医療
緊急、重症患者に対する医療のこと。
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